東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12948号 判決 1969年6月17日
破産者日本ミリオン金銭登録機株式会社破産管財人
原告 矢代操
右訴訟代理人弁護士 山本真養
被告 大洋ビジネス・マシーンズ株式会社
右代表者代表取締役 宗像孝泰
主文
被告は、原告に対し、一三〇万円及びこれに対する昭和四三年二月二八日から完済にいたるまで、年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決の第一、三項は、原告が三〇万円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し二一三万円及びこれに対する昭和四二年一二月八日から完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因を次のように述べた。
「(一) 日本ミリオン金銭登録機株式会社(以下破産会社という)は、事務用機器の販売等を営む会社であるが、昭和四〇年三月一日その支払を停止し、ミリオン金銭登録機株式会社から破産の申立を受け、右会社外五〇〇名に対し約六億円に達する債務があり、これが支払不能の状態にあるという理由で、昭和四一年四月一五日破産を宣告され、原告が同日破産管財人に選任せられた。
(二) 破産会社は、昭和三九年一二月コーレンス事務機株式会社からトータリア電動計算機八四四一型三〇台(以下本件計算機という)を買い受け、被告との間で被告において、本件計算機にボックスを取り付けて金銭登録機とする目的で、被告が破産会社に代り、コーレンス事務機株式会社から本件計算機の引渡を受けて、破産会社のためこれを保管することを約した。
(三) コーレンス事務機株式会社は、破産会社の指示によって昭和三九年一二月二五日と同月二九日の二回にわたり、本件計算機を被告に引き渡し、被告は破産会社のため受領しこれを保管していた。
(四) その後破産会社は破産宣告を受け今日に及んでいるが、破産事務執行のため破産会社の所有である本件計算機の返還を受けたく、本訴をもって本件計算機の返還を請求するところ、被告は昭和四〇年五、六月ごろ本件計算機を日本ビジネス・マシン株式会社に売却し、これは最早被告の手中にないので、その価格二一三万円及びこれに対する昭和四二年一二月八日から完済にいたるまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
被告代表者は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、次のように答えた。
「請求原因第一項は認める。第二項中破産会社が昭和三九年一二月コーレンス事務機株式会社から本件計算機を買い受けたことは認めるが、その余は否認する。第三項中被告が本件計算機を保管していたことは認めるが、その余は否認する。第四項中被告が昭和四〇年五、六月ごろ本件計算機を売却したことは認めるが、その価格が二一三万円であることは不知。そして次のように抗弁する。被告は、昭和三九年一二月二六日破産会社に対し一二〇万円を貸し渡し、返済期限である同四〇年二月二二日に返済できないときには、本件計算機をもって代物弁済する約定で、本件計算機を預っていたところ、破産会社は返済期限である昭和四〇年二月二二日になっても返済しなかったので、被告は同日本件計算機を代物弁済として受け取ったのである。」
原告訴訟代理人は、右主張に対し次のように述べた。
「右主張事実は否認する。仮に右主張事実が認められるとしても
(一) それは虚偽表示によるものであるから無効である。即ち被告は破産会社と通謀の上、被告の破産会社に対する債権を回収するために、破産会社の支払停止前の契約であるかのように仮装したものである。
(二) 仮にそうでないとしても、被告の主張する代物弁済は昭和四〇年三月一八日以降のことであって、破産会社が支払停止したことを知りながらなした債務消滅行為であるから、破産債権者を害するものであり、かつ義務なき偏頗行為であるからこれを否認する。
(三) 更に右代物弁済が被告のいうように昭和三九年一二月二六日になされたものであったとしても、破産会社はその倒産の危険が既に顕在化し、深刻な問題となったため、他の破産債権者を犠牲にしても被告の利益を確保しようと企て代物弁済したのであるから、かかる行為は破産法七二条一号に該当するので否認する。」
被告代表者は、右主張に対し次のように述べた。
「右主張事実は否認する。仮に右(二)(三)の事実が認められるとしても、被告は前記代物弁済の結果、他の破産債権者を犠牲にして被告の利益を図ったのではない。」
原告訴訟代理人はこれに対し次のように答えた。「右主張事実は否認する。」
証拠≪省略≫
理由
(一) 請求原因第一項(破産会社が破産し原告が破産管財人になったこと)、破産会社が昭和三九年一二月コーレンス事務機株式会社から本件計算機を購入したこと及び被告が右計算機を保管していたことは、当事者間に争いがない。
(二) 被告は、その後本件計算機を代物弁済によって取得したと主張する。
≪証拠省略≫によると、被告の代表取締役宗像孝泰は、昭和四一年末ごろから破産会社代表取締役中川勉と知るようになって、同人の求めに応じ屡々金策してやっていたが、昭和三九年一二月二六日にいたり、更に破産会社に対して一二〇万円を貸し渡したこと、そしてその返済期限を同四〇年二月二二日と定めていたところ、破産会社は返済期限が来ても右貸金の返済が出来なかったため、被告は同年二月二三日から同月二六日までの間のいずれかの日に、破産会社との間で当時被告が破産会社から預って保管していた本件計算機をもって、右債権の弁済に充当する旨の代物弁済契約を締結し、即時簡易の引渡により本件計算機の占有は被告に移転したこと、その際差し入れた担保差入証はその文案を被告の経理部長杉浦某が書き、破産会社代表取締役中川勉によって記名押印されたが、作成日付を昭和三九年一二月二六日に遡らせて作成されたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
すると、被告が昭和四〇年二月二三日から同月二六日までの間に本件計算機を代物弁済によって取得したことは明白である。
(三) ところが、被告の債権は元金が一二〇万円であって、これに貸付日から代物弁済の日までの法定利息を加えても、たかだか一二一万二、〇〇〇円程度であるにかかわらず、本件計算機は左記のように右債権以上の価格を有するので、被告の代物弁済はいわゆる詐害行為に該当するものといわなければならない。
即ち、≪証拠省略≫によると、破産会社がコーレンス事務機株式会社から買い入れた本件計算機の単価は七万一、〇〇〇円であったことが認められるので、三〇台分の合計額は二一三万円に達し、又≪証拠省略≫によると、同人は昭和四〇年五、六月ごろ本件計算機全部を一三〇万円か一六〇万円で売却したことが認められるから、いずれの面からみても、本件計算機が被告の有する債権額以上の価格のある物件であることは疑えないであろう。
(四) しかも≪証拠省略≫によれば、破産会社は昭和三九年三月から経営が苦しくなり、同年一〇月ごろには日歩三〇銭という高利の金を借りないと資金調達が出来ない程に経営悪化し、更に昭和四〇年二月ごろになると債務超過となって、東武信用金庫等から融資を受け、多額の債務を棚上げしなければ会社再建は到底覚束ない状況にあったこと、この実情は破産会社の大口債権者である被告にも知らされていたことが認められ、右認定と異なる被告代表者本人尋問の結果は信用できず、その外にも右認定を覆す証拠はない。
さすれば、破産会社及び被告は破産債権者を害することを知って、前記代物弁済に及んだものといわなければならない。
(五) 従って、前記代物弁済を破産法七二条一号にあたるとして否認する原告の行為は正当たるを失わないが、本件計算機は既に売却され最早被告の手中にないので、被告はその価格に相当する利得を原告に返還しなければならないことになる。
ただこの場合、右価格を算定する基準を何時にするかにつき色々考方はあろうけれども、否認の効果は物権的である結果、否認権が行使されると、破産者の給付した物が相手方の手中にある限り、直ちにその物の所有権は破産者に復帰するから、現物の返還に代るべき利得を返還するという意味からして、否認権行使の時の価格を基準にして算定した利得を返還するのが妥当である。
(六) 否認権行使時における本件計算機の価格がいくらであるかにつき、これを明確に出来る証拠はないけれども、≪証拠省略≫によれば、いくら低く評価しても一三〇万円は降らないものと思われるから、被告は原告に対し、右価格に相当する利得一三〇万円と、これに対する否認権行使の日であることの記録上明らかな昭和四三年二月二八日から完済にいたるまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う責任がある。
(七) 以上の理由により、原告の本訴請求を右の限度で認めて、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 田畑常彦)